松方コレクション・・・・モネの睡蓮を抱きしめる・・・・

昨年より楽しみにしていた松方コレクションを観賞する事が出来ました。図録には、The MATSUKATA COLLECTION〜A One-Hundred-Year Odyssey~とあります。このコレクションは数千もある膨大なものでこの作品群の物語は、まさに百年の叙事詩と呼ぶにふさわしい展覧会でした。この展覧会は、時代の波に翻弄された松方コレクションの百年に及ぶ航海を紐解きながら国立西洋美術館開館60周年記念として行われたものです。
松方幸次郎は、神戸の川崎造船所の社主として第一次世界大戦下欧州でのストックボート需要で財を成します。その傍ら美術品の収集を始めます。その後の世界恐慌で川崎造船所が経営破綻する迄の僅か10年余でヨーロッパ絵画を中心に約3000点の収集をします。江戸後期〜明治期に国外(主にフランス)に流出した浮世絵の買い戻しを含めると10000点を超えるといわれています。
松方は、自国の人々に西洋人の心を理解する手助けをしたい。その思いで収集したそうです。そして、その為の美術館を作る構想もありました。イギリス人画家フランク・ブランデインに共楽美術館と名付け設計図も書かせています。

(麻布で建設予定だった共楽美術館図)

しかし、関東大震災、昭和の世界恐慌、第二次世界大戦の敗戦 それらの中でコレクションは激しい時代の中流転の運命をたどります。
川崎造船所の破綻の折、松方コレクションは競売にかけられ切り売りされます。さらに、ロンドンのパンテクニカン倉庫での火災(1939)で約1000点の作品が焼失します。その後の日本敗戦、、フランスに留めていたコレクションは敵国人財産として扱われフランス政府に接収される事となります。

サンフランシスコ平和条約(1951年)で日本が国際復帰を果たしそこから日本の美術の再構築が計られす。フランスに留め置かれていた松方コレクションの返還方法も議題になるようになります。そしてフランス政府の意向を汲みつつフランス人ル・コルビジェ板倉準三らの設計で着工をする運びとなり1959年竣工します。フランスから日本へ寄贈返還された375点が戻り松方コレクションを軸にした展覧会が開催されます。松方幸次郎の目指していた西洋の美術を日本の人々に見てもらいたいという思いは完結します。そして松方コレクションは、国立西洋美術館という安住の地に辿り着きます。

松方コレクションを見るにあたり少し予習してから展覧会に行こうと思い松方幸次郎を調べました。コレクションの流転を調べたり国立西洋美術館の設立を調べたりしていますと今展覧会の第1室の正面に掲げてあるモネの睡蓮の前にたった時にこの睡蓮抱きしめたくなりました。

私が非常勤店主を勤めるクラフト木村にお店の資料としてこの図録を置く予定です。松方コレクションに相応しい装丁の図録です。是非お手に取ってご覧いただければ幸いです。お店に来られましたら気楽にお問合せください。

東日本大震災以降、仙台市の宮城県美術館や仙台市博物館などに数多くの世界的芸術作品が来仙し芸術作品の持つエネルギーに私たちは魅了されました。そして、世界的な芸術作品に感銘致しました。私達zannshinn-do(ザンシン堂)では、その芸術の力強さを少しでも私たちが住む街にプロモーションする事を目標にしています。年間数回ではありますが、みなさまに芸術の素晴らしさを披露できるようにして参ります。どうぞ宜しくお願いします。

コメント

タイトルとURLをコピーしました